夢に向かって挑戦する人

夢を叶える為に私が選んだ道

1996年、大阪府出身。小学校4年生からテニスを始める。高校時代はテニス部キャプテンを務め、数々の大会に出場。高校卒業後はテニスプレイヤーとして活動。第90回関西オープンテニス選手権大会のダブルスで準優勝、2014GS YUASA OPEN(ITF1万ドル大会)のダブルスでベスト8を記録するなど活躍中。

宇野 真彩さんのストーリーインタビュー

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夢中でのめり込んだテニス。ケガをして痛感した、ボディケアの大切さ。

テニスとの出会い

夢中でのめり込んだテニス。

写真:宇野 真彩さん
習い事の1つとして始めたテニス、気づけばどんどん夢中になっていた
小さい頃は、水泳、バトミントン、習字、ピアノなどいろんな習い事をしていて、テニスは小学校4年生頃に始めました。両親に勧められたわけではなく、妹の影響で興味を持ったんです。そして、テニススクールで出会ったプロテニスプレイヤーの岡本聖子さんに憧れて、どんどんテニスにのめり込んでいきました。

スクールに通い始めた頃は、週に1回レッスンをしていたんですが、夢中になるにつれて週2回、週3回と通う回数が増えていきましたね。そして最終的には、週5日のコースに通うようになったんですよ。その時には他にやっていた習い事はやめて、自然とテニス1本になっていました。

中学生時代

ケガに苦しんだ学生時代、ケアの重要性を痛感。

中学生の頃、ちょうど高校進学が決まった時期に腰を痛めてしまったんです。当時は部活での練習と通っているテニススクールの練習を平行して行っていて、練習量の多さにカラダがついていかなくなったことが原因でした。テニスが全くできな写真:宇野 真彩さん
中学生の頃、腰を痛めてテニスができなくなった経験から、ボディケアの大切さを実感。試合中もケアグッズが欠かせない。
くなってしまい、それからはリハビリばかりの毎日でしたね。

でも、あきらめずにリハビリやカラダのケアを続けました。そのおかげで、今はいつも違和感や痛みがあるというわけではありません。こればっかりは、一生付き合っていかなければいけない症状かなと思っています。疲れが溜まっているなと感じたときは、やっぱりすぐに腰にきますね。自分でカラダの状態をしっかり見極めながら、リハビリや毎日のボディケアで体調管理をしてテニスを続けています。ケガをして改めて、毎日カラダのメンテナンスをすることが大事なんだということを感じましたね。

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宇野 真彩さんが使用するボディケアグッズ

メタックスクリーム
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ファイテンサポーター
ひじ用・手首用
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