JBMA(日本ブラインドマラソン協会)に所属し、2016年のリオデジャネイロ、2021年の東京の両パラリンピックでメダル獲得した道下美里選手のガイドランナーとして、彼女の活動を支え続けている青山由佳さん。市民ランナーとしてサブ3(フルマラソン3時間切り)の実力を持っていた青山さんが、運命に導かれるように「伴走者」という未知の世界へ飛び込んだのは2015年のことでした。普段は神奈川・相模原市職員として勤める彼女。選手と伴走紐(テザー)で繋がり、自らの身体を「センサー」として研ぎ澄ませながら走るその裏側には、伴走者特有の非対称な身体負荷と、仕事と練習を両立させる中でのシビアな体調管理があるようです。今回は、理学療法士の鶴埜益巳先生を迎え、伴走という特殊な競技が身体に与える影響と、青山さんが高校時代から20年愛用し続けているファイテンの技術がいかに彼女のパフォーマンスを支えているのか、その深層に迫ります。
運命を変えた「一本釣り」と、衝撃の初走行
―青山さんは元々市民ランナーとして活躍されていましたが、伴走者としての活動を始めたのは2015年。まさに「運命に導かれた」という言葉が相応しい出会いだったそうですね。
青山:本当に、偶然が重なった結果でした。2016年のリオパラリンピックから視覚障害の女子マラソンが正式種目に採用されることになり、メダル獲得の有力候補だった道下美里選手をサポートできる「同性の女性ガイド」が急務となったんです。そこでJBMA(日本ブラインドマラソン協会)のスタッフが、過去に行われたマラソン大会の公式ホームページに載っていた参加者名簿から私を見つけ出してくれました。道下選手は身長144cmと非常に小柄なので、身長が近く、かつ彼女より速く走れて......という条件で私に白羽の矢が立ったそうです。
―まさに「一本釣り」だったわけですね。当時はガイドランナーとしての経験はあったのですか?
青山:いえ、存在こそ知っていましたが、具体的なルールも道下選手のことも全く知らない状態でした。ただ、目が見えない状態で「サブ3(3時間切り)」を達成するランナーがどんな走りをするのか、純粋に興味が湧いて「一度お会いしてみたいです」とお答えしたのが、2015年10月のことでした。
―初めて道下選手と一緒に走った時の感覚はいかがでしたか。
青山:衝撃的でした。それまでは、視覚に障害がある方の走りを想像したこともなかったんです。ところが、実際にロープを持って走り出した瞬間、まるで羽が生えているかのように躍動感を持って走る彼女の姿を見て、鳥肌が立ちました。あの時のスピード感と驚きは鮮明に覚えていますし、思い出すだけで今でも鳥肌が立ちます。
「右手を殺す(脱力する)」―ロープを介した無言の対話
―リオパラリンピックから東京パラリンピックへ。経験を重ねる中で、伴走の技術という面ではどのような進化がありましたか。
青山:リオの時は伴走を始めて1年未満で、とにかく「ロープを離さないこと」「しっかり誘導すること」だけで精一杯でした。当時はガイドロープをガチガチに緊張させて張った状態で走っていたんです。
鶴埜:そもそもなんですが、ガイドロープの使い方って、少し張ったぐらいの方がいいのでしょうか? 使い方として「進行方向を示すガイドの役割」以外に、「体調確認やレース展開のためのコミュニケーションツール」としてご活用されているのではと思ったのですが。リオと東京のパラリンピックの映像を拝見したところ、リオの時は先ほど伺った感じに近い印象でしたが、東京の時はガイドロープが随分たるんでいることが多くて、伴走の方法を変えられたのかなと思いまして。
青山:あまり自覚はないんですけど、経験を重ねるうちに自然とそうなりました。東京大会の頃には、ロープの「重み」や「たるみ」から彼女のコンディションが手に取るように分かるようになっていたんです。同じラップタイムでも、ロープが軽く感じる時は調子が良く、逆に重く感じる時は何らかの不安や不調を抱えているサインなんです。また、道下選手は「一人で走っている感覚」を大切にしたいタイプなので、ロープをピーンと張られるのを嫌がります。
―そのため、独自の工夫をされているそうですね。
青山:私は右手をあえて「殺す(脱力する)」ようにして、力を抜いてプランプランさせています。ロープを適度にたるませ、その周期やタイミングで相手のスピード感や「乗っている感じ」を判断しています。50cmという限られた長さの中で、ロープをコミュニケーションツールとして活用している感覚ですね。
伴走者が背負う「非対称な身体」の真実
―伴走は一人で走るマラソンとは全く異なる負荷がかかると思いますが、理学療法士の視点から見ていかがでしょうか。
鶴埜:青山さんの伴走時の走り方を拝見すると......先ほどお話しされていたように、右手に持つガイドロープを「誘導ツール」ではなく「選手とコミュニケーションを取るためのセンサー」として活用されているので、常に意識が向いた状態になります。そうすると、左足で荷重する時間が右足よりも長くならざるを得ず、少し極端にいうと「左右非対称」な走り方になります。お一人で走る時とは全く走り方が異なるのではと思いますが、結果的にバランスをつかさどる左のふくらはぎが右よりも発達して太くなりますし、実際に今拝見しても、そのようになっているように見えます。
青山:本当にそうなんです。右側の動きを殺して走っている状態なので、右足の動き自体が小さくなりますし、それを賄おうとして左が疲れやすくなるのかなと。扁平足でアーチが落ちやすいこともあり、足の裏の疲労も激しいです。
鶴埜:左足は右手のセンサーを支援しつつ、全体の走りのバランスも担っているため、非常に繊細なバランス調整を要求されることになります。それらバランスの調整に外側にある腓骨筋群が相当活用されているようで、とても発達しています。走るのには本来、下腿三頭筋の推進力と足底腱膜のバネを活用すると効率がよいので、走行スタイルに合った足のアーチが形成されます。しかし青山さんの場合、右手のセンサーが何より重要で、推進力よりも左足のバランスを優先した結果、扁平足の状態になったのではと思います。扁平足だと、バネがない分、下腿三頭筋が頑張らざるを得ず、拮抗する前脛骨筋も同様になります。そのため、青山さんの場合、左側にかかる負担をいかにケアし、リカバリーできるかがカギになると思います。
青山:それはぜひケアしたいです。強化合宿などで1週間近く走り込みを続けると、その左右差が顕著になるんですね。一人で走るレースよりもペースにゆとりがあるはずなのに、周囲の状況を常に観察しつつ声がけをしたり、コミュニケーションを取り続けながら身体の軸を細かく調整するので、終わった後の消耗は比較になりません。
20年前のRAKUWAネックレスから続く、身体への投資
―そんな厳しい環境の中で、ファイテン商品を長く愛用されていると伺いました。
青山:はい、高校生の時から使っています。私は中学時代に陸上を始めたんですが、20年ほど前、高校の陸上部で「RAKUWA(ラクワ)ネックレス」や丸いパワーテープが流行っていて。お守りのような感覚で使い始めたのが最初でした。
―高橋尚子選手がファイテンに所属されたのが2005年で、陸上界でも話題になっていた時期ですもんね。20年以上使い続ける中で、商品の選び方は変わりましたか?
青山:学生時代は安価なものを選んでいましたが、社会人になってからは「自分の身体への投資」として、よりファイテン技術のレベルが高い商品を選ぶようになりました。使い始めた当初から変わらず、パワーテープシリーズがお気に入りです。
鶴埜:青山さんのように自分の身体の状態を細かく観察できる方は、商品がもたらす変化も実感として捉えやすいのでしょうね。
青山:試合中も足に貼るんですけど、特に「眠る前のケア」での実感が大きいです。疲労を感じる時は背骨に沿ってテープを貼り、さらに足の裏の「湧泉(ゆうせん)」というツボに貼って寝ます。背中に貼って寝ると、そこがポカポカしてくる感覚があるんです。自分の身体が反応して血流が戻ってくるのが分かるというか......鶴埜先生、この貼り方で合ってますか?(笑)
鶴埜:理にかなった使い方をされていると思いますよ。貼り方というのは走り方や、あるいはリカバリー方法も含めてご自身がどこを大切にされているかによって変わるんです。背中が張りやすいタイプの方は、背骨周りを安定させることで呼吸も楽になり、全身のリラックスに繋がります。呼吸の安定性という意味では、肋間筋に貼っていただくのもいいと思います。
「健光浴®」のケアで繋ぐ、痛みからの再起
―最近はファイテンの独自技術「健光浴®」を採用した健康家電レンタルサービスの「健光浴シャワー」も活用されているそうですね。
青山:東京大会が終わった後、実は坐骨を痛めてしまって、常に不安を抱えていた時期がありました。そこで、自宅で健光浴シャワーを坐骨周辺や、硬くなりやすい左の腸腰筋に当てるようにしています。2台並べて当てながら寝ることもありますよ。
鶴埜:お尻に近いところに大腿筋膜張筋があるんですが、ここは走る時に重要な腸脛靭帯をコントロールする筋肉なんです。ですので大腿筋膜張筋のサイドにも健光浴シャワーをよく当てられるといいですよ。
青山:あと、合宿やレースの前はいつも最寄りのファイテンショップで「アクアチタン浴egg」を利用させてもらっています。
―「アクアチタン浴egg」は「健光浴®」の光をカラダの前後から浴びることができるのでリフレッシュできますもんね。
青山:カラダ全体がポカポカしてリラックスできるんですよね。あと私はファイテンショップの中で相模大野店に伺っているんですけど、いつもスタッフの方が笑顔で温かく迎えてくださり、気持ち的にもとてもリラックスして過ごせるんですよ......そういえば、相模大野店のスタッフの方から「健光浴®」の光自体は温かくなっていないと聞いたことがあるんですが、本当ですか?
鶴埜:実はそうなんです。ですがファイテンの技術を使うと筋肉が緩むので、血流が戻ってきて温かく感じる方が多いです。逆に言えば健光浴シャワーを当てて温かく感じる場所は、筋肉が緩んで血流が戻ってきているサインですから、そこを重点的にケアするのが良いですね。
チームの信頼と、次世代へ遺す「伴走の教科書」
―伴走という競技は、個人の能力以上に「チーム」としての力が重要だと感じます。青山さんと道下選手も互いのことを「あおいちゃん(青山さんの青の頭文字から派生した愛称)」「みっちゃん」と呼び合っているそうですね。
青山:そうなんです。道下選手の拠点である福岡には、曜日ごとに担当を決めて彼女の練習を支える素晴らしいローテーション体制があります。私は神奈川在住ということもあり、レースや合宿で合流する「強化担当」ですが、私が初めて福岡に行った際、地元のメンバーが「あおいちゃん、ようこそ!」と本当に温かく迎えてくれました。あの時の感動は忘れられませんし、みっちゃん(道下選手)はもちろん、チームのみんなで過ごす時間がとても大切なんです。
鶴埜:その絆があるからこそ、過酷な練習も乗り越えられるのですね。
青山:はい。みんなの想いを背負って走っているという自負が、私の原動力です。だからこそ道下選手から「あおいちゃん、一緒に走れる?」と聞かれた時、常に「もちろんだよ!」と即答できる状態でいたい。そのためにはファイテンのケアを含め、自分のコンディショニングには一切の妥協をしたくないんです。
―合宿では毎晩、反省会を行っているそうですが、コンディショニング以外の面でも妥協せずに取り組んでいらっしゃるんですね。
青山:練習の振り返りはみっちゃんと私の二人きりの時でも、他の伴走者と走る時も必ずやります。私からは「今日のここが良かった」「ここはもう一粘りしたかった」などと伝え、彼女からも例えば「この声かけが響いた」「ここの声かけのタイミングが少し速かったら、もう少し最短ルートで曲がれた」といった具体的なフィードバックをもらいます。良いことも悪いことも率直に言い合うことで、お互いのスキルが上達していくんですね。
―自身の経験を「言語化」し、共有することが大切なんですね。競技中は声がけ以外にも工夫されていることがあると伺いました。
青山:そうですね。過去に後続の一般ランナーの方との接触による転倒事故を2回経験し、頭が真っ白になったことがあったんです。道下選手が気丈に振る舞ってくれたことからレースは続けられましたが、その教訓から、今は背中にガムテープを貼り、「転倒防止のため後ろは2~3m開けてください」というメッセージを掲示して走っています。
鶴埜:そのような実体験に基づいた工夫こそが、周囲の理解を深め、競技の安全性を高めることに繋がりますね。自分の身体や経験を精緻に観察し、それを言葉にしようとする青山さんの姿勢は、今後のパラスポーツの発展において大きな財産になると思います。今日はお話を伺えて、伴走という競技の奥深さを改めて実感しました。
青山:ありがとうございます。私が元気に伴走活動を続けられているのは......合宿や遠征で仕事をお休みすることが多いのに、いつも体調を気遣う言葉や労わりの言葉をかけてくださる職場の理解があってこそだと思うので、本当にありがたいことです。伴走は1人で走るときには感じることのないようなハードな側面もありますが、それを遥かに超えるほどの一体感がこの競技にはあって。私自身、初めて道下選手と走った時に感じた、あの羽が生えたような躍動感への衝撃が、今も世界を共に目指す情熱の原点の1つなんです。これからもファイテンのボディケアでコンディションを万全に整え、彼女の走りと夢を、生涯支え続ける伴走者でありたいです。その結果として、伴走の面白さも次の世代へと繋いでいけたらいいなと思いますね。
対談を終えて
常にファイテンと共に走り続けてきた青山由佳さん。彼女が語る言葉の一つひとつには、長年培われたファイテン商品への厚い信頼と、伴走という極限の状況で磨き上げられたアスリートとしての確かな「身体感覚」が宿っていました。わずか50cmの伴走紐(テザー)で繋がれた二人のランナーが、互いの鼓動を感じ合いながらゴールを目指す。その一歩一歩を支えるために、青山さんは今日も自らの身体を整え、経験を言葉に紡ぎ続けています。道下選手が描く夢の伴走者として、生涯をかけてその走りを支え抜く。柔和で優しい笑顔の奥に誰よりも熱い情熱を秘めた青山さんを、ファイテンはこれからもボディケアでサポートし続けます。
青山 由佳(あおやま ゆか)プロフィール
- 所属
JBMA(日本ブラインドマラソン協会)伴走ランナー
- 職業
相模原市職員
- 活動実績
2016年
リオデジャネイロパラリンピック 道下美里選手ガイドランナー(銀メダル)
2021年
東京パラリンピック 道下美里選手ガイドランナー(金メダル)
- 経歴
中学時代から陸上競技を始め、社会人ランナーとして活動中に、その実力と身体的特性を見込まれ道下選手の伴走者に抜擢される。現在は現役のガイドランナーとして活動する傍ら、伴走技術の普及や後進の育成にも注力している。